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 No.50

三輪 薫(みわ かおる)


No.50 『生きること』/日本の祭り−2 2001/9/6

祭りには心踊るものがある。僕が育った山間の小さな町の祭りは御輿や山車が出るわけでなく、八幡神社の境内などに夜店が出て花火を上げるだけの素朴を絵に描いたようなもので、観光客など誰一人いなく町の人たちと親戚の人達が集まるだけのものだった。町内には全国に結構知られた花火工場もあって、花火場の中央には3尺玉用の打ち上げ用の筒もあり、1尺玉など珍しくもない大きさだった。打ち上げる花火の大半が個人で買うもののため、「半鐘祭り」と言われるくらい数少ない花火しか上がらない。

でも、風情はあったように思い出される。各町内が花火場に席を設け、紋付羽織袴の世話人が提灯を振りまわし、半鐘を鳴らして次に打ち上げる花火の告知をしていた。中央には櫓を組んでのお囃子も、そののんびりした花火の打ち上げにはふさわしいものだった。打ち上げ係もプロではなく、各町内の方が担当していた。僕の祖父もこの係で、法被に陣笠と格好も様になっていた。孫である僕などは祖父に連れられ、目の前で打ち上げる様子を見ていたものである。今では考えられないことだろう。

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