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 No.134

三輪 薫(みわ かおる)


No.134 『写す』/記録と表現 2002/8/25

記録写真とはドキュメンタリー写真である。目の当たりに見た出会いを、有りのままに如何にシャッターチャンス良く切り取るかがポイントになる。社会の事件などを撮った写真でも報道写真やニュース写真、ルポルタージュフォトなどがあり、分けて見ることもある。有名人の行動やスキャンダルなどを追うパパラッチと呼ばれるカメラマンもいる。写真週刊誌などへ写真を提供し、時には世に問題提起をしている。有意義なこともあれば、他人の不幸を自分の利益にしている心貧しくなるような写真もある。いずれにしてもこれらの写真には事実を歪めなく、そのままに伝えることが大切である。だから、この出会いだけを追いかけるのは大変である。

では、自然風景の分野での記録写真とは何だろうか。再び出会えないほど素晴らしいチャンスに恵まれ、タイミング良く撮ったものは風景の記録写真と言えるかも知れない。千載一遇の凄いチャンスを期待して撮るのは、誰も記録したことのない写真を得るためである。写真は想像の世界ではなく、現実に出会わないと撮れない。この出会いには上手い、上手くない、などのレベルの差よりも出会いに全てが掛かっている。多少経験があり、それなりのテクニックを備えた写真愛好家なら、出会いが良ければプロをも凌ぐ作品も夢ではない。だからこそ、写真の世界が面白いと言える。絵画や音楽や書き物や舞踊などのように、絶対経験豊かなプロの方が上だとは限らないからである。またとない出会いがあれば、女神が微笑んでくれるのが写真の世界である。

僕が今興味を持てるのは、写真で表現する分野である。もともと、写真も絵画や音楽などと同様に表現できる世界ではないかと考え、30年ほど前に写真の世界に入ってしまった。自分にしかできない表現とは一体何なのかを知りたいために写真を撮り、個展を繰り返し、会場にて自分の作品を眺めながら自問自答を繰り返している。

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