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 No.147

三輪 薫(みわ かおる)


No.147 『生きる』/売り込み 2002/11/4

若い頃、カメラ誌に所用があって出掛けた時、編集部に外国のカメラマンが自分の作品の売り込みに来ていて、その迫力に驚いたことがある。当時の僕にはそのような勇気がなく、売り込みへの気恥ずかしさを抱いていたのを覚えている。フリーであればこのような積極的な姿勢も大切だと思うが、僕には今でも大変な勇気がいることで、自分以外のことなら割と平気で出来るのだが、自分のこととなると個展時以外では躊躇してしまう。損な性格なのだろう。それとも危機感が乏しいせいだろうか。

広告関係の仕事をしていた時も、スポンサーや広告代理店やデザイン事務所などに売り込みのために尋ねたいとは思っていても、遂に出来なかった。自分でも、もどかしいくらいの「待ちの姿勢」だった。こんなこと自慢にはならないが、「鳴くまで待とう」と言うタイプであると思っている。それでも、何とかそれなりの仕事もし、今まで好きな写真を撮り、個展なども随分多く開催できたのだから不思議である。もどかしいほどの消極的な僕の性格を知る、周りの方々のお陰であることは言うまでもない。

もっと積極性があれば僕の人生も変わっていたかも知れない。そう言えば小学生の頃の通信簿の「積極性」の欄には何時も×が付いていた。消して欲しいと先生に頼んだ記憶があるほど、「字を美しく書く」の欄同様6年間×が記載されていたような気がする。僕は、自分のことを適度に判断できないのかも知れない。売り込むことがとても恥ずかしいと思ってしまうのだから困ってしまう。

若い頃、美意識を磨くために銀座辺りの画廊を頻繁に回っていた時、作者に言われたことがある。作品を買ってもらったり、銀座の一流の画廊で個展を開催するには、自分のことを懸命に売り込むのだと。実際見ていると、お客さんに自分の作品の良さや魅力を熱心に語っていた。商売上手でないと作家と言えども生きて行くのは難しいのだろう。カメラマンや写真家も同じで、今の時代、何もアクションをせず、声が掛かるまでじっと待っているのでは、同業者も多く、時代の闇に消えて行く運命になるのかも知れない。しかし、僕のそのような性格を知ってか、編集部にはたまには電話をくれる方もいて、作品が掲載されることもある。嬉しいことである。

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