Toppageへ
 No.82

三輪 薫(みわ かおる)


No.82 『生きること』/職人仕事 2002/1/3

暮れの29日に世界最高齢の現役指揮者、朝比奈隆氏が亡くなった。朝比奈さんの生き方や、指揮者振り、奏でられる音に惚れ込み、追っかけをしていたフアンの方も多いと聞く。以前、サントリーホールでバッタリ出会った知人の編集者の方もそうだった。訃報を伝える新聞で知ったのだが、朝比奈さんは「指揮は職人仕事」が持論で、「楽譜に余分な手を加えず、曲そのものに語らせる」という指揮哲学を持っていたという。

「職人芸とは愚直、つまりばか正直。楽譜を正確に読むことということは、融通をきかせないこと。ベートーベンの書いたことを融通させるわけにはいきませんからね」と話されていたそうだ。僕はこの時一度だけしか聴くことはなかったが、指揮振りも派手さは一切なく、淡々としたものだったと記憶している。なのに、全ての演奏が終わっても拍手が鳴り止まず、高齢な朝比奈さんにもかかわらず、何度も何度もステージに現れて欲しいという聴衆の気持ちの高ぶりが伝わってきた。その間に、席を立つ人もいなかったように記憶している。93歳とはいえ、惜しい人がまた一人いなくなり、もう朝比奈さんの心のメロディーを聞くことができなくなってしまった。

戻る