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 No.192

三輪 薫(みわ かおる)


No.192 『生きる』/戦争と平和 2003/8/18

僕は1948 年に日本で生まれたお陰で、実体験としての戦争を知らないで今まで安穏と生きてきた。今は亡き父は、足掛け十年くらい3回召集されて戦地に行っていた。負傷も何度かしたと聞いている。しかし、終戦は幸いにも内地の故郷の関ヶ原で迎えることができ、国外や沖縄での戦没者とならず、広島や長崎での原爆の被害者ともならずに済んだ。だから今の僕がいる。

戦争の悲惨さは、体験した人や、戦争まっただ中にいた人でないと本当のことは理解できないと思う。先の米英がイラクに仕掛けた戦争でも同じことで、両国の責任者も実体験としての戦争の場にいたことがあるのだろうかと思わず考えた。相手がどのように悪いことをしてきた国であろうと、派遣された軍隊の人々には、必ず犠牲者が出る。何故に自分の身内を真っ先に、最前線に派遣しないのかと思ってしまう。日本の首相や大臣や官僚も同じである。賛成するなら、自分が先頭に立って行くか、愛する子供達をまず派遣して、範を示すべきと考えるが如何だろうか。今の国の代表者など、いくらでも代わりはいるのだから。

強硬姿勢を貫いた先の日本の軍隊にも、戦況不利となった時、真っ先に大衆を放り出して逃げ出した戦地の責任者も多かったと聞いている。今の首相達がやっていることは同じだろうと思ってしまうのは僕だけではないと思う。自分さえ、身内さえ、無事だったら何でもありでは困ってしまうのだ。テレビで、長崎の原爆犠牲者慰霊の平和式典を見ていたが、被爆者代表として壇上で手話で語っていた、ろうあ者の山崎栄子さんの説得力に溢れた言葉には、首相の言葉など如何に軽いものかを国民に伝えたに過ぎない。

長崎市長がアメリカや北朝鮮の代表者に広島や長崎を訪れるよう求めたように、何故日本の首相が求めないか、歴代の首相達が求めてこなかったかも不思議と言えば、まことに不思議なことである。このような国民の代表者を選んだのも国民である。日本に限らず、平和を求めている大半が民衆である国民なのに、何故か、その国民の代表者たる議員達に掛かると、大半の国民の意思や願いとは違ってしまうのかも、全く理解出来ない。目先の利益のみ求め、貴重で大切な選挙での一票を投じてしまっているのが原因だろう。実に情けないことである。

精神科医のなだいなださんが老人党を立ち上げ、良しとしないまでも今の現実を変えたいと願っていることが度々新聞で紹介されている。しかし、この希望を託せる政党や議員が余りにも少ないか、期待を持てない現実を嘆くしかないのだろうかと思ってしまう。

僕ら報道写真に携わっていない者には、政治的なことには触れる発言は少ないようだ。しかし、そのような考えや姿勢では、今の時代に平和を求めて生きて行くことは出来ない。今こそ、真剣に考える時だと考えているのは僕だけではないと信じている。今の日本も、これからの日本も、いや世界のどの国であっても、いつまでも自由にものを言え行動出来る、平和で争いごとのない国であり続けて欲しい。

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