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 No.290

三輪 薫(みわ かおる)


No.290 『生きる』/ズッコケた教え子の人生 2006/2/12

名古屋の写真学校を卒業と同時に上京し、写真家に弟子入りした。その後、結婚を機にフリーで食う道が捜せず母校の東京校である写真学校に勤めた。フリーになって個展を頻繁に開催するようになり、高校時代の三年のクラス担任だった恩師が東京の会場に来てくれたことがあった。それからは個展開催の度に案内し、名古屋での巡回展も数回来て頂いた。

この時に聞いたことだが、先生が校長時代の朝礼で、全校生徒を前にして僕のことを話したことが時々あるという。進学校をズッコケた僕が何故に話題になるのか不思議だったが、「高校が敷いた線路を脱線しても何とか社会で生きている者がいる。大学に進学できなかったからと言って、人生にも脱落したと思わないように」との励ましの言葉だったのだろう。嬉しくもあり、複雑な気持ちであるのも確かである。

救いは、この先生の校長仲間で、現在風景写真を楽しんでいるグループがあり、僕の本を読んだり、作品を評価してくれていることに、先生も喜んでいることだ。高校在学中には怠け者の生徒である僕には、ほとほと呆れていただろうから、ほんの少しでも安心していただける現在の姿を見せることができただけでも幸せに思う。

この先生も退職後には博物館の館長になり、生き甲斐を持って元気に過ごされているのは嬉しい。久しぶりにお会いして以来、極たまにではあるがメールでのやりとりもするようになっている。先生から「僕の中に、教え子のことを自慢できる場があったことに少々うれしくなったことは確かです。僕は教え子のことを出来るだけ自慢しないことにしているのです。教え子が努力して立派になったのであって、僕は何もしていないのだから・・・という理由です。」とのメールをいただいたのだが、この言葉は実に嬉しかった。僕自身はふしだらで立派な人間ではないが、写真家として生きてきた人生には自負心を持っており、よい面だけを見ていただいている気がする。嬉しい先生である。

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