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 No.517

三輪 薫(みわ かおる)


No.517 『創る』/デジタル時代のアナログ-2 2010/7/5

我が家は20年近く前に改築した。それまでの家は暗室が小さく、8×10inch 判の引き伸ばし機を導入するには無理だったからである。しかし、暗室の設計で機器の配列やプリント作業のバットなどを並べる計算を間違えてしまった。実に多大な借金を抱えての改築だったが、改築の第一目的の暗室作業が中途半端なものになり、精神的にもストレスが溜まっている。デジタル時代全盛になってしまったが、銀塩写真への魅力は尽きず、数年前から本格的に改造を考えてきた。今までのような規模の個展開催を暫く止めにしたことで、何とか今年の夏には改造に取りかかりたいと考えている。しかし、ネックはものの多さで、簡単には片付かない。現在小さな部屋だがトランクルームを2室借りているが、焼け石に水と言った感じである。

隔月刊風景写真のプリントの部の審査を担当しているが、先月選評を書いた9/10月号の入賞14点の内、銀塩のフィルムカメラで撮った作品は2点。他は全てデジタル撮影だった。地方のプロラボ事情もあるかも知れないが、何とも寂しい限りである。そう言う僕も撮影のカット数は断然デジタルカメラが多い。しかし、気持ちの上では同等とまではゆかなくても、銀塩を捨てる気持ちは全くない。それどころか、今回暗室の改造に取りかかろうとしているように、暫く休んでいた8×10inch カメラでのフィルム撮影を再開しようと昨年来から思っている。ぼちぼちだが、小型と中判カメラでは昨年に比べると随分多くフィルム撮影するようになってきた。

デジタルカメラでの撮影は、デジタル故の気軽さと表現の多様性や可能性も高い。その部分は十分に認め、活用している。しかし、2001年5月に EOS D30 でデジタル撮影を始め9年を過ぎたが、画素数が増え続ける一方で、新たなカメラで撮り続ける内にその高画素数に慣れてしまい、作画目的によって画素数も選ぶべきだと思いながらも、余程のことがない限り最高画素数で撮ってしまうことが多い気がする。再現性のきめ細かさはフィルムではサイズによって選ぶことが出来るが、現在のデジタルカメラでは小型とはいえども4×5inch や5×7inch 判に迫る。慣れとは恐ろしいもので、1,000万画素でも何となく頼りなく感じてしまう。写真の場合、何でもきめ細かだからいいとは限らないのにである。

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