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 No.541

三輪 薫(みわ かおる)


No.541 『創る』/写真展のプリントとラボ事情 2011/2/10

写真のプリントで最も重要視しているのがグラデーション再現である。フィルムやデジタル画像が持つ滑らかで豊かなグラデーションをいかに再現するかがプリントのポイントだと思っているからだ。勿論、作品によっては作画と表現でハイコントラストなプリントも合っている場合があり、見る側に強烈な印象を与えてくれる。

写真展を頻繁に観ているわけではないが、いいプリントに出合ったときは嬉しく思ってしまう。40年前頃、名古屋で写真を学んでいた時には、夜行列車や夜行バスに乗って時々上京していた。勿論、写真展を見るためである。映画は映画館で観るのが一番のように、写真もオリジナルプリントを見るに限ると思っていて、今も同じ考え方である。写真集でも余程高級な印刷がされていない限り、その作品が持つクオリティーをしっかり受け止めることが出来ないと考えているからだ。しかし、当時は感動するような素晴らしいプリントに出合った記憶が余りない。だからこそ、卒業して上京後、アンセル・アダムスなどのオリジナルプリントを見たときには感動した。これこそ、写真だと思ったものだ。一方では森山大道の作品のように荒らした粒子による超大型プリントの表現も凄いと思った。カメラ誌や写真集で眺めていた時と、写真展会場で見ているときの印象とは随分違ってくる。それらはサイズによることにも起因していると思う。

デジタル時代に突入した頃のデジタルプリントによる写真展では、それまでの銀塩プリントと比べプリントへの疑問を抱いたことが多い。現在でも同じように感じる写真展もあるが、全体的にはレベルアップしたプリントになっているように感じる。プロラボも自家処理もデジタルプリントに慣れてきたこともあるが、ソフトの進化も手伝っているのだろう。昨年暮れに銀座のキヤノンギャラリーで見たスキーヤーを撮った写真展はデジタル撮影のモノクロで、結構ハイコントラストに見えたが、実に見事なグラデーション再現によるプリントだった。勿論、作品も素晴らしく、作者の方に聞いたところ杉並の堀内カラーフォトアートセンターで出力したとのことだった。このラボには監修する写真展の大半のデジタルプリントをお願いしている。しかし、自家処理によると思われる写真展では、どうしてこのレベルで展示しているのだろうと思える写真展もある。このようなデジタル時代になって銀塩プリント専門のラボは厳しくなるばかりである。印画紙の銘柄も減りつつあり、いつまで素晴らしい銀塩プリントで写真展を開催できるのかと、つい心配してしまう。

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