No.751 三輪 薫(みわ かおる)
No.751 便利なインターネットで失うもの 2025/9/18
最近、ペンで文字を書かなくなってきて、辞書も引かなくなり、漢字を読めても書くことができなくなってきました。その原因は手紙やはがきを書くことも、原稿依頼が来ても原稿用紙に向かってペンを走らせることがないことが原因の大きな要素になっているように思っています。ワープロが一般的に使われる前には、文字を書くには鉛筆か万年筆で原稿用紙のマス目を埋めてゆくのが当たり前のことでした。急ぎの入稿にはFAXで送信し、現在ではメール送信になっていて、入稿遅れの言い訳もできなくなっています。
しかし、手書きの時と違ってワープロやパソコンを使うと修正や校正が楽になっているのは事実で、特に文字数を正確に決めて書きたいときなどはとても便利です。文字は手書きしていないと記憶からどんどんこぼれ落ちてゆきます。最近、新聞に掲載されている2、3文字熟語のクイズのようなものにはまっていて、漢字だけではなく、熟語そのものが記憶から多く消えているのに愕然としています。文字やいろいろな物事を知るためには辞書などを開いて確認することが当たり前でしたが、最近ではインターネット検索で知ることも多くなっています。確かに便利ですが、辞書を引くことに比べると思考が浅くなってくるような気がします。いまだにアナログ人間の僕は、与えられたスマホも十分どころか全くといってよいくらいに使いこなせていません。というよりも、このようなデジタルに対しての拒否反応の方が大きい気がするのです。辞書を引くと、その意味合いを知り、ついでに前後言葉を読むとついつい長く眺めてしまうこともあり、とても新鮮な気分になることもあります。言葉の文例に妙に感心したり、納得感を得ることもあります。漢和辞典を開くと文字そのものに感心することもあります。インターネットで目的のものだけを検索していては得ることができないことです。